二次創作小説

風花

4.

「レヴィン王子、少しよろしいですか?」
 ノイッシュは、レヴィンの居室の扉をノックし、言った。
「入れよ、何の用かは知らないが」
 ノイッシュは室内に入り、扉を閉めた。
「フュリー殿にお話しを伺いました。おおよそのことは理解したかと思います。慎重な方なので、必要なこと以外はおっしゃらなかったと思いますが」
「うん」
「……なぜ、シレジアに戻られないのですか」
 ふてくされたような調子で、レヴィンは応えた。
「俺はシレジアの王になどなりたくない。俺がいないならいないで、シレジアは叔父上たちが何とかするだろう」
「いえ、そうはならないでしょう。あなたが風魔法フォルセティの継承者である以上、あなたが王位をお継ぎになられない限り、国は乱れる。民の心とはそういうものです」
「……ばかばかしいとは思わないか? 他の奴には使えない変わった魔道書がちょっと使えるというだけで、未熟で無責任な馬鹿者が一番王位に近いなど。俺じゃなくて叔父上が即位すればいいだけのことだ。叔父上は立派に領地経営をこなしているし、王権への意欲もある。俺の即位に横やりをいれてくるぐらいだからな」
 猛然と怒りがこみ上げてきた。自らをおとしめるような言葉をわざと使い、ふてくされた態度で、もののわかったような応えをするレヴィンの態度が、どうにも我慢できなかった。
(シレジアの王子だろうが何だろうが知ったものか。フュリー殿があれほど真摯に心を尽くしているのに、それに応えようとしない者など)
 ノイッシュは怒りのこもった声でぶっきらぼうに言った。
「未熟だろうが、無責任だろうが、馬鹿だろうが、あなたには他の者にはない力がある。責任がある。そのことをお考えいただきたい」
 馬鹿と言われて、さすがにレヴィンの表情が変わった。だが、かまわずにノイッシュは続ける。
「あなたはこのアグストリアで、何を見てきたのです。シャガール王を非難し、エルトシャン王に期待を寄せる民の姿をどう見たのですか。エルトシャン王は心正しく優れた方です。だが、魔剣ミストルティンの担い手でなければ、今ほどの期待を受けたでしょうか。エルトシャン王の人気には、神器の威光が大きく影響している。それは間違いなく事実です。そしてシャガール王は、そんなエルトシャン王への嫉妬を抑えきれなかった。確かに、シャガール王は器が小さく愚かかもしれない。だが、もしミストルティンがいまもアグスティ王家のもとにあったとしたら。神器は“力”が具現化されたものです。あるべきところに力がなく、あらざるべきところに力があることにより、どれほどの歪みが生じることか。力を、力が人々に与える影響を、侮らないでください。叔父君では、あなたの代わりは務まりません」
「だが、今、アグストリアが乱れているのは、お前たちがヴェルダンを落とし、アグストリア国内に進軍してきたからでもあるだろう?」
「それは否定しません。ですが、我々が来る以前から、アグストリアには火種がありました。アグストリアで起こったことが、シレジアでは起こらないとでもお思いですか。このままでは、シレジアはアグストリアの二の舞になるかもしれません。玉座を空にしたまま二年も放置するなど、どれほどの不安を民は抱え込んでいることか」
「……勘弁してくれよ。そもそも、俺なんかが王位について、うまくやっていけるとは到底思えない。俺は叔父上と争いたくなどないし、民を戦に巻き込みたくもない。俺さえいなければ、皆あきらめて、叔父上を立ててうまくやっていくだろう。そう思ったから、俺は……」
「あなたが本当にシレジアの平和を望んでおられるなら、立場を明確になさることこそが肝要なのではないですか。どうしても王位を継ぎたくないというのならば、ご自分の継承権をはっきりと否定し、あなたご自身の手で叔父君を即位させるべきだ。それができないというならば、自ら率先して王位に就き、反対勢力を排除し、早々に内乱の芽を摘んでしまわれるべきだ。そして、あなたがシレジアの神器を継承される方である以上、後者以外の選択肢など、実際にはありえません。黙って出奔するなど、かえって国の混乱と分裂を招くようなものです」
「他人事だと思って、言いたい放題言いやがって……」
「確かに私は聖戦士の血を持たず、神器を担うこともない。だが、そういった者が、どんな思いで血を受け継ぐ方々を守り、支えようとしているのか、お考えになられたことはありますか? おのれの力なさに歯噛みし、重荷を代わりに担うこともできず、ただ傍らにあることしかできない、そんな者たちの心を慮る器量をお持ちいただればと、願わずにはいられません」
 戦場に身を置くようになって以来、自分の力の及ばなさを、ノイッシュは呪わしくすら思っていた。ひとりの戦士としての彼の実力はたかが知れている。平時にはそれほど感じなかったが、いざ実際に戦場に立ってみると、嫌でもそのことを実感せずにはいられない。だが、武力でなければ知略によって主君を支えられるかといえば、それもまた中途半端だ。とおり一遍のことは理解していても、知将と呼ばれるほどの戦略眼はなく、さりとてまだ若い彼には、経験によって裏打ちされた重みもない。ただひたすら、主君に身と心を捧げ、不器用に這いずりまわることしかできないでいる。
「フュリー殿がどんな思いで異郷をさすらい、ただひとりこの城に乗り込んできたのか。なぜあの方が涙を流し、孤独と悲しみに耐えて、ひたすらあなたが決意するのを待たねばならないのか。ご自分がなされていることを、どうかよくお考えください」
 フュリーは単なる義務感や使命感だけで動いているわけではない。そのことに、ノイッシュは直感的に気づいていた。フュリーは本気でレヴィンのことを案じている。だからこそ、レヴィンが捕らわれているというシャガール王の言葉にも惑わされた。フュリーは叶う限りレヴィンの心に添いたいと思っている。だからこそ、ただひとり残って、レヴィンの意志が固まるのを待とうとしている。
「……卑怯だぞ、フュリーを引き合いに出すなんて」
 フュリーのことは、さすがにレヴィンにとっても泣き所だったのだろう。弱りきったような声でつぶやいたレヴィンからは、ふてくされたような態度は消えていた。
「卑怯でもなんでも結構です」
 レヴィンはうつむき、何事かを考えているような様子だった。
「ああ、確かにお前の言うことは正論だよ。俺はガキで、ただ逃げているだけなんだろう。だけど、俺は怖いんだ。力を得ることが」
 レヴィンの声には先ほどまでとは違う真剣さがあった。
「力を得たら、俺は変わるかもしれない。人にない力に酔いしれ、弱いものを嘲り、平気で人を踏みにじる、そんな奴になり下がるかもしれない。だけどそんなのは嫌だ」
「その恐れを持つ方なら、決してそのようにはならないでしょう」
 レヴィンの言葉に、かつてのシグルドの言葉が重なる。
 ――血を受け継ぐ者は力を持っている。だが、力持つ者が心正しき者ではなかったとしたら? 心卑しき者が、その力のままに力持たざる者を蹂躙したとすれば? それはかつてのロプト帝国のありようと、どれほど違うというのだろう――
 レヴィンの恐れは、おそらくただの杞憂ではない。いずれは風魔法フォルセティを担う宿命にある彼は、自分が持ち得るであろう力がどれほどのものであるか、心のどこかで知っている。それゆえにおのれ自身を恐れ、力を持つことを躊躇しているのではないか。だが、力なき者であるノイッシュは、レヴィンに応えられる言葉を持ってはいない。
「……一度、ご自身の身の上を明かし、シグルド様とお話しなさってみてください。おそらくシグルド様なら、あなたの恐れを理解されるでしょう」
 レヴィンは無言でノイッシュの顔を見つめた。
「……では、私は失礼いたします。無礼をはたらきました」
「……いや、お前の言うことはもっともだ。もっとも過ぎて、正直きつかったが」
 ノイッシュは黙礼し、踵を返して部屋を出ようとした。
「……お前は、シグルド公子に対してもあんな調子なのか?」
 ふと、呟くようにレヴィンが言った。
 扉にかけた手を止め、ノイッシュは振り向いて応える。
「……時と場合によりますが、そうですね。そのようなこともあります」
「そうか……」
 レヴィンはノイッシュの顔をじっと見つめた。沈黙したまま、しばらくそうしていたが、やがて視線を脇にそらし、ぽつりと洩らした。
「シグルド公子も大変だな。だが、羨ましくもある。俺のところには、俺に直言する奴などほとんどいなかった……ああ、マーニャがいたな。だが、マーニャは……」
 口にした言葉を最後まで言い切ることなく、レヴィンは自分ひとりの思いの中に入り込んだ。何事かに心を囚われたレヴィンを残し、ノイッシュはそっと部屋を出た。

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written by S.Kirihara
last update: 2014/12/23
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