二次創作小説

狼の子

4.

「もうこれくらいでいいでしょう。こちらに来ていただけませんか?」
 アレクが背後から囁いた。
 アイラはアレクに従い、ノイッシュと女騎士のいる中庭を後にした。しばらく歩いた後、アレクは足を止め、ひとりごとのように呟いた。
「まいったな。あの二人の話を聞いていれば、何かは言うだろうと思ったが、ああもどんぴしゃりな会話を交わすとは」
 そしてアイラのほうを振り返り、言葉を続けた。
「示し合わせていたわけではないのですが、先ほどお聞きの通りです。シアルフィ本国の者の言葉と、それに対する我らが筆頭騎士殿の言葉。あれこそが我々の本音だと思ってくださって結構です」
「正義と信頼……か。シグルド殿はともかく、あなたがたがわたしに信を置いてくれるとは、正直思ってはいなかった」
「あなたが我々を信じていらっしゃらないことは、察していました。あなたは常にシャナン王子から目を離さず、剣を身近に置くことを忘れない。ですが、そろそろ、そこまで警戒しないでもらえたら、そう思っていたのです」
「そうか……」
「アーダンは裏表のない男です。あなたも、そのことにはすでに気づいており、彼には幾分か気を許しておられるように思う。そしてノイッシュも先ほど見たとおりです。聴いているこっちがこっぱずかしくなるような科白を連発していましたが、あれはそのままあいつの本音です。あいつは、裏切られる可能性を知りつつも、自分の手を差し出すことを厭わない。だから、あなたにも我々を裏切らないでいてもらいたいのです。少なくとも、我々は、あなたとシャナン王子をいきなりバーハラに突き出すような真似はしません。それは信じて下さい。無論、今後のイザークとの戦争の成り行き次第では、我々とあなたが直接に遺恨を抱きあうような関係になる可能性もありますが、それは我々にとっても決して望ましいことではないのです」
「そうだな……」
「美しく魅力的な女性に、警戒心もあらわに睨まれるのは、ぞくぞくしますが、ちょっと悲しくもなります。口説ける余地を残していただかなければ、男としては寂しい限りです」
 そう云って、アレクはおどけたように一礼した。
「おかしな奴だな」
「お褒めにあずかり恐縮です」
 アレクはにやりと笑い、意味ありげに目くばせした。
「……そういえば、お前に関してはどうなのだ。アーダンやノイッシュを信頼してもいいことはわかった。だがアレク、お前は?」
「恋を語り合う相手としては、俺のほうがあの二人よりも優れていますよ。楽しい夜をともに過ごすことをお求めなら、俺にお任せを。ですが、信頼の対象という点では、俺は彼らには及びません。俺は、彼らのように真っ正直ではない。もっと小ずるく、もっと打算的です。我が身の得にならないとなれば、裏切ることもあるかもしれません」
「そのように自ら公言するということは、裏切るつもりがないということなのだろうな。裏切る心づもりのある者が、わざわざ警戒せよ、と口にするとは思えないから」
「と、思わせて、油断させるという手口かもしれませんよ」
「つかみどころのない奴だな」
「……本当に、自分でもよくわからないのです」
 アレクは急に真面目な表情になって、ぽつりと言った。
「先ほどのエレイン殿の言葉を覚えているでしょう。非情に徹し、排すべきものを排することができる人間が必要だと。ノイッシュやアーダンに、その役割を果たすことは望めない。ならば、それは俺にこそ求められる役割であるのかもしれません」
 アレクの声は小さかった。だが、その声には確かな決意が含まれている。アイラはそう直感した。
 しかしアレクはすぐにその真剣な表情を崩し、もとのおどけた調子に戻って言葉を足した。
「まあ、俺だって、そんなのは嫌なんですけどね。そういう状況に陥らないことを祈っておきましょう」
「そうだな。本当にその通りだ」
 偽悪と諧謔は、この男の悪癖であり、思いやりであるのだろう。本音を決してそのままさらすことはなく、気取った言葉に包み込み、おどけた態度で接してくる。だがきっと、この男もまた、その同僚たちと同じように、真面目で心優しい素顔を持っているに違いない。
「わたしは、お前を信じる。イザークのアイラの名に懸けて誓おう。わたしはお前たちに信を置き、裏切ることはない。だからお前も、わたしを信じてほしい」
 アイラは、自分に言い聞かせるように、その言葉を口にした。
「ありがとうございます、イザークの王女アイラ。俺もまた、シアルフィの騎士の名に懸け、あなたの信頼に応えましょう。あなたとシャナン王子を信頼し、その身を守ることに努めます。我が自由意志の及ぶ限りにおいて、ではありますが」
「それで十分だ。我らの行く手には確実なものなどない。だから条件付きで構わない。適う限りは、互いを信じ、互いを守り、互いの背を預け、ともに戦おう」
 アイラはアレクに右手を差し出した。アレクは一瞬とまどったような表情を浮かべたが、自らも右手を差し出してアイラの手を握ると、そっと握手を交わした。

《fin》

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written by S.Kirihara
last update: 2014/12/04
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