父の面影
5.
「アーサー、それにセティ。あなたたちを捜していたよ」
翌日、二人が訓練所で剣の練習をしていると、セリスが訪ねてきた。
「セリス様」
二人は練習の手を止め、セリスに一礼する。
「あ、そんなにかしこまらないで。
アーサーに渡したいものがあって来ただけだから」
「俺に、ですか?」
「ああ、ちょっとフィーから話を聞いてね、これを君に貸しておこうと思って」
そう言ってセリスは一振りの剣を差し出した。
「これは……光の剣!?」
「そう。あなたならうまく使えるだろう」
「そんな……俺がお借りしてもいいんですか?」
「一番役に立てられる人が持つ。それが武器の正しい使い方だろう?
それに、かつて私の父シグルドも、その剣をあなたの父上であるアゼル公子に貸したことがあったんだよ。今の私と同じように」
「シグルド様が私の父に……」
セリスは言葉を続けた。
「もともとその剣は、私の母ディアドラが、私の叔母にあたるレンスターのエスリン妃に贈ったものだった。そして母が行方不明になった後、失意の中にある私の父に、叔母上はその剣を渡したのだという。大切な義姉からもらったものを、愛する兄に返すのだといって。
シレジア内乱の折、父の軍は敵軍の魔道士たちに苦戦を強いられた。吹きすさぶ吹雪の中で風魔法を使いこなす魔道士たちに対抗するのに、炎や雷の魔法はあまり使い勝手がよくなかったんだ。
そこで父は、この剣をヴェルトマーのアゼル公子に貸した。アゼル公子は剣に宿るライトニングの力で、敵の魔道士に対抗し、これを退けた。
シレジア内乱の後、公子は父にこの剣を返した。そしてオイフェに連れられて私がティルナノグに落ち延びるとき、この剣は私に託された。そして今に到るというわけだ。
アーサー、あなたはいろいろ気にしているみたいだけど、これだけは言える。
私の父はあなたの父上を信頼していた。それは間違いないはずだ。
妻から妹へ、妹から自分へと贈られた剣を、いくら有効に使えるからといって、信頼のない者に貸し与えるものだろうか」
「セリス様……」
「この先、帝国との、いや、ロプト教団の接触も増えていくことだと思う。ロプトの司祭たちが使うのは闇魔法だ。
闇魔法に対して、炎・雷・風の魔法は分が悪い。闇に対抗しうるのは光の魔法だという。
だからこれを預けておくよ」
「セリス様……ありがとうございます」
「そしてセティ、あなたにも感謝と提案を。
あなたの発案を、私はフィーを通じて聞いた。
フィーの話を聞くまで、私はこの剣の有効な使い方など考えてもみなかったし、この剣の来歴を思い出すこともなかった。
だから、思いついたことがあったらどんどん私に言って欲しい。
あなたは勇者とも賢者とも呼ばれている。それがいわれなきものであるはずがないと私は思っている。
私の軍では遠慮は無用だ。いつでもあなたの考えを聞かせて、その知恵を役立てられるようにして欲しい。
かつて、私の父は多くの人々に支えられていた。父と父を取り巻く人々との間にあったような信頼を、私は皆との間に築きたい。
絆と信頼によってこそ、私たちは力を得ることができるのだから」
「はい、セリス様」
「じゃあ、これからもよろしく。アーサー、セティ」
セリスは片手を挙げにっこりと微笑むと、踵を返し去っていった。
その後姿を見送りながら、アーサーはふと思う。
(セリス様もまた、父君の面影を追っているのだろうか)
思えば彼らは皆、父の面影を追いかけている。
父を知らずに育ち、今も知るすべを持たないアーサー。
直接には父を知らず、だが半ば伝説と化した父の肖像をまとい、それを旗印として掲げるセリス。
そして父をよく知るがゆえに、悲しみ、追い求めるセティ。
父の背中は、青年たちの前に、大きく、優しく、そびえている。
《fin》