二次創作小説

父の面影

4.

 私の父はシアルフィの騎士ノイッシュ、母はシレジアの天馬騎士フュリー。


 父と母は、シグルド様の軍でともに戦い、互いを愛するようになった。シグルド様がグランベルを追われシレジアに逃れていた頃、二人は結ばれ、私が生まれた。
 やがて再び戦争が始まった。父母はまだ赤ん坊だった私をシレジアの母の実家に預け、シグルド様に従いグランベルへと向かった。
 そしてあの「バーハラの悲劇」の時を迎える。シグルド様は亡くなられ、その軍は壊滅した。
 その日、父は近衛騎士としてシグルド様の側近くにあったが、母は後方に控えていたという。
 降りしきるメティオで空が赤く染まった時、母は天馬を駆り、ひたすらに父の姿を探した。父は既に深手を負っていたが、かろうじてまだ生きていた。そして、二人は難を逃れ、生き延びた。
 父の負った傷は深く、長く生死の淵を彷徨った。父は一命をとりとめたが、左手の自由を失い、日常生活にはさほど支障を来たさぬものの、騎士として戦うことはかなわぬ体になっていた。いや、最初は日常生活ですら大変だったのだが、父はたゆまぬ努力によって、少しずつ自らの体を回復させていったのだ。


 五歳くらいの頃だったろうか。今でも忘れられない光景がある。
 その日、母は出かけていて留守だった。夜中、ふと目を覚ますと父の姿がない。
 父を求め、さ迷い歩いた私は、中庭に父の姿を見つけた。
 父は槍を握ろうとしていた。だが、自由の利かぬ左手は何度も槍を取り落とす。父は何度も拾いなおし、そのたびに取り落とし、そして最後にうずくまり、声を押し殺して泣いた。
 子ども心にも、それはひどくつらい光景だった。父はめったなことで泣くような人ではなかった。特に母の前では、いつも明るい顔を見せようとしていたように思う。
 騎士として生きてきた父にとって、主君を失い、体の自由を奪われたことはどれほどの喪失だったのだろう。だが父は、おのれの苦痛を押し隠し、母と子どもである私たちのために生きることを選んだ。
 二歳年下のフィーは、たぶん私ほどには父の苦しみを知らない。フィーが物心つく頃には、父はかなり回復し、新たな生き方を見つけつつあったはずだ。


 帝国の追及を逃れ、私たちは隠れ住んでいた。やがて母はシレジア四天馬騎士最後の生き残りとして、反帝国派の象徴と目されるようになっていく。母はシレジアの天馬騎士としての務めを果たし、その傍らで父は私たち子どもを育て、母を支えた。
 私たちに勉学を教え、戦いの基本を教え、その日常の面倒を見たのは、だから父であった。母は、かつての父は戦場にあっては勇猛果敢で、時には向こう見ずですらあったと語ったが、私たちの知る父は、忍耐強く穏やかな人だった。
 私たちのもとには、時々レヴィン様が訪れた。レヴィン様は我々に外の世界の情報を伝え、また風のように去っていく。母は、レヴィン様がシレジア王として立たれることを望んでいたが、あの方はそれとは異なる方向を見ていたようだ。


 帝国の支配は悪い方向へと進んでいた。世は動きつつあった。
 私が十四歳になったとき、父が告げた。シレジアを出て、レヴィン様の手足となって帝国を覆すための戦いの礎になると。
 母は悲しんだが、父を止めることはなかった。そして父は私たちを置いてシレジアを去った。
 父はおそらくずっと待っていたのだ。自分の健康が戻り、子どもたちがひとり立ちする時を。シグルド様の遺臣としての運命を果たせる日が来ることを。だから母は悲しみ、心配しながらも、父を止めることができなかったのだろう。
 父はシレジアからイザークに抜け、イード砂漠を越えて北トラキアへと向かった。時折レヴィン様を通じて父の安否を知ることがあった。
 父はマンスターへ赴き、そこで反帝国を掲げる人々と関わるようになった。父は、マギ団を作った者のひとりであったのだ。
 だが、マギ団は帝国の追及により一度壊滅する。そして父の安否はマギ団の壊滅とともに途絶えた。
 レヴィン様からその報せを受け、母は悲しみのあまり病に倒れた。私は、シレジアを離れ、父を探す決意をした。父を探し出し、母のもとに返す。それが自分の使命だと思ったからだ。
 北トラキアで私は父の足跡を探した。父を探し続けるうち、私はマギ団の残党と深くかかわることになる。そしていつしか、彼らを取りまとめる役割を担うようになっていた。


「じゃあ、あなたがマギ団のリーダーとなったのは……」
「そう、私はただ父を見つけたかった。マンスターの解放を願っていたわけでも、組織の一員になりたかったわけでもない。
 ただ、一旦関わりを持ち出してからは、あの組織を放り出すわけにはいかなくなった。そして、この仕事を完遂させたいと思った。これは父が始めた仕事だったから」
「それで、お父上の安否はわかったのか?」
「いや……結局わからずじまいだ。
 生きていると信じるには状況が悪すぎる。だか、死んだという証拠もまた見つからない。
 もし帝国に捕らえられ、処刑されたならば、士気をくじき見せしめとするために、その処刑は公開されたはずだ。だがそんな事実はない。
 私は……あきらめたくない。今はかなわなくても、またいずれ父を捜しに行くつもりだ。
 もう母はいないけれど、私自身とフィーのために、私はいつかきっと父を見つけてみせる」

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written by S.Kirihara
last update: 2014/09/12
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