二次創作小説

父の面影

3.

(どういうつもりなんだ、あいつは!)
 アーサーはセティの所在を探し、ミーズ城の中をさまよっていた。
(父親の剣だって! なんでそんな大切なものを俺なんかに渡す?)
 無性に腹が立った。
(俺だったら絶対他人なんかに渡せない。親との思い出がある奴にとっては、形見の品なんてたいした価値がないっていうのか?)
 訓練所や彼にあてがわれた部屋など、思い当たる場所はひととおりあたってみたものの、セティの姿はなかった。
 城の広間の片隅で、少女たちが談笑していた。近づくアーサーの姿を認めると、ティニーが声をかけてきた。
「にいさま……?」
「ティニー、セティを見かけなかったか?」
「いえ……?」
「あ、あたしさっきセティさん見た。お兄ちゃんを救護所に引っ張ってたんだけど、あそこで働いてたよ」
 横合いからパティが応えた。
「そうか、ありがとう」
 礼もそこそこに足早に立ち去るアーサーを、少女たちは不思議そうな面持ちで見送った。
「どうしたんだろね? なんか怒ってなかった? アーサー」
「さあ……どうしたんでしょう?」


 救護所では多くの人間が立ち働いていた。
 先日のミーズ城攻略では、解放軍にさほど大きな被害は出ていない。だが、戦が起きてまったくの無傷で終わるはずもなく、それなりの数の負傷者が出ていた。傷を負った者たちは今日も城の救護所で手当てを受けている。
 アーサーは、救護所の片隅に、ファバルとセティの姿を見つけた。
「だからたいしたことないって。もともとほんのかすり傷みたいなものだったし」
「矢傷を甘く見るな。きちんと直さないと思わぬ後遺症を残す場合だってあるのだから」
「心配性だな。俺はずっと傭兵をしてきたし、これくらいの怪我は慣れてる。そんなに大事にしなくても平気だって」
「そういう油断が一番危険なんだ」
 ファバルはミーズ城攻略で左肩に軽い矢傷を受けた。荒くれた生活に慣れたファバルはろくに手当てもせずに放置していたが、パティに見つかり救護所に連れて来られたようだ。
「面倒だなあ……」
「うん……矢尻が残ったりはしていないみたいだ。よかった」
 セティは傷を調べ、ライブの杖を使う。
 その手つきはかなり手馴れたものだった。恐らくこれまでも何人もの患者を治療してきたのだろう。
「よし、これでいい。あとは化膿止めの薬をつけるので、きちんと毎日包帯を取り替えてください」
「へいへい」
「ふざけないで。こんなつまらない傷で二度と戦うことができない体になったりしたら、一生悔いることになるのはあなただ」
 セティは真剣な調子で言って、ファバルを睨みつけた。
「そんなに怒ることないだろ……なんか嫌な思い出でもあるのか?」
「手当てが間に合わず戦士として再起不能になった人を、私はずっと間近で見てきた。
 それがどんなにつらいことであるか、わかるか? 本人にとっても、周囲の人間にとっても」
「そっか……すまん」
 セティに気おされたのだろう。ファバルはしゅんとしおれて謝罪した。
(育つにつれて私は人を癒す力を求めるようになりました。敵を打ち払う力ではなく)
 アーサーは先日のセティの言葉を思い出した。
(セティはきっと、その人を癒したくてセイジを目指したのだ。そしてそれはたぶん……)
 すべて腑に落ちたと思った。それと同時に、先ほどまでこみ上げていた怒りは嘘のように収まっていた。
「セティ」
 アーサーの呼びかけに、セティとファバルが振り向いた。
「アーサー?」
「話があるんだ。ちょっといいか?」
 セティはちらりと横目でファバルを見やった。
「少し待ってくれないか? もう少しでこっちの手当てが終わる」
「あー、俺なら心配するな。続きは他の奴に必ずやってもらうから、安心して行って来い」
 ファバルは右手をひらひらと振って、二人を送り出した。


 アーサーは剣帯から剣をはずすと、セティの前に突き出した。
「この剣はあなたに返す。これは俺が持っていていいものじゃない。
 この剣の元の持ち主が誰であるか、オイフェさんが教えてくれた。これは、あなたが持つべきものだ」
「たしかに、その剣は私にとって大切なものだ。手放すつもりはない。
 だが、どんなに大切なものでも剣は道具。そして道具は使われなくては意味がない。
 その剣は、今はあなたの許にあったほうが役に立っているはずだ。どのみち私は使わないから」
「だけど、俺だって“使って”いるわけじゃないだろう? 実戦では使うなといったのはあなただ。
 剣の重みに慣れることが必要なんだったら、別の剣を探してきて腰に吊るしておいたっていいじゃないか。
 そもそもなんだってこんな大事なものを、ぽんと他人に手渡したんだよ!」
「あなたの身に何かあれば、フィーが悲しむ」
「え……?」
「あの子が雷の剣を差し出したのは覚えているだろう? あなたは断ったが。
 あの剣があの子にとってどれほど大切なものであるか、私は知っている。
 母の剣をその手に託してもいいと思えるほど、フィーはあなたを信頼し、気にかけている」
「そう……なのか」
「ああ、そうだ」
「あなたたち兄妹にとっても、親の形見の品は重い意味を持っている。そう考えていいんだな?」
「無論だ」
「すまない。勝手に勘違いをして、勝手に腹を立てていたようだ」
「うん?」
「俺は自分の親を知らない」
 セティはいぶかしげな顔でアーサーを見つめた。
「物心ついたときにはもう父はいなかった。母と生き別れたのもほんの幼い頃だ。
 父が何者であったのかを知ったのは、この軍に入ってからだった。
 だが、わかったのはその出自だけ。どんな人間で、何を考えていたのかまではわからない。うかつに尋ねることができないんだ。
 俺の父はヴェルトマーの人間、皇帝アルヴィスの弟だった。そして母はフリージの出身。
 皆にとって、俺の父母は……いや俺は、敵方の血を引く存在だから」
「しかし、あなたは自ら選んでここにいる。
 あなたのご両親にしても、自らの出自に逆らってシグルド公子とともに歩むことを選択した方たちだ。
 血筋がどうであれ、その選択こそが重んじられるべきではないのか」
「そうだな。だが……皆が皆、そんなに理性的になれるわけじゃない。特に遺恨を持つ者にとっては、名前を聞くだけでもおぞましいだろう」
「……確かに」
「俺は自分の親を知らない。人に聞くこともできないでいる。
 それでも本当は知りたい。父母が何を思い、何を為そうとしていたのかを。
 だから俺は、父と同じマージナイトとなり、その後ろ姿を追っているのだと思う。
 そんな俺からすれば、親の使っていた武器を簡単に他人の手に委ねるあなたたちは……そうだな、ねたましかったんだ。
 親をよく知っているからこそ、そのよすがとなる物を手放しても平気なのだろうと」
「それは違う。私やフィーにとっても、できる限り手放したくないもの、容易には手放せないものだ」
「ああ、そうだよな。だけど、勝手にそんな風に思ってしまった。
 ただのひがみだな。すまなかった」
「いや、私こそすまないことをした。
 そんなつもりではなかったが、配慮のない行為だった」
「謝らないでくれよ、あなたのせいじゃない」
「しかし……」
「そうだな、謝られるくらいならあなたに聴いてみたいことがある」
「私に?」
「あなたの父上のことを教えてくれ。もし嫌じゃなければだが」
「私の……なぜ?」
「オイフェさんが言っていた。あなたは、容姿や雰囲気は母親に似ているが、ものを教えるのが得意な所は父親に似ていると。
 親を知る人が、子の中に親の面影を見る。それもいいイメージで。それは俺から見ればものすごく羨ましいことだ」
「オイフェ様がそんなことを……」
「ああ、それとフィーのことがある」
「フィーが? あの子が何か言っていたのか?」
「ああ、フィーは自分の父親を嫌い、絶対にその話をしようとしない。
 だけど不思議なんだ。オイフェさんの話やあなたの様子から窺えるあなたたちの父上は、立派な方のように思えるから」
「フィーは父が大好きなんだ。子どもの頃はいつもべったりと父に甘えていた。
 だが、父はあの子がまだ育ちきらないうちに、私たちを置いてシレジアを出た。
 あの子は父に裏切られたと思ったんだろう。
 父には父の事情があったのだが、それを理解するにはあの子はまだ幼すぎた」
「そうだったのか……」
「それで、私の父の話だったね。
 私の父は、優しくて厳しい人だった。
 そして、深い傷を負った人だった。体にも、心にも」

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written by S.Kirihara
last update: 2014/09/12
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