二次創作小説

父の面影

2.

「ふう……」
 見張りの塔のバルコニーで、アーサーは大きく伸びをした。
 現在、アーサーたちは南トラキアの入り口であるミーズ城に滞在している。
 まだ戦端は開かれてはいないが、いずれトラキア側から何らかの動きがあるのは明白だった。緊張を保ちつつも休息を取り、次の戦いに備える。解放軍はそんな束の間の平和を手にしていた。
(今日もけっこうきつかったなあ)
 涼しい風が吹き抜ける夕暮れのバルコニーは、剣の練習の後、休息をとるのにちょうどいい場所だ。
 アーサーがセティに剣を習うようになってから、三日が過ぎた。
(しかしあの人、教えるのうまいな)
 少々不本意ではあったが、それは認めなければならない。
 セティは決してアーサーに無理はさせない。だが楽もさせてくれない。口頭での説明はやや理屈っぽいところはあるが、簡潔で論理的だ。そして何よりも、アーサーが魔道士であることを前提に練習を進める。魔道士の体力に合わせた、魔道士としての感覚に基づいた剣技を伝えてくれている。
 セティよりも剣の技に優れた者ならば、解放軍にも多くいる。だが、これほど的確に人に教えることができる者はそう多くはない。
 たとえばシャナンは、剣技だけを見れば、他に並ぶものがない達人である。だが、素人に剣を教えられるかといえば否だ。自分には簡単にできることがどうして他人にできないのかを理解することができず、指導はむしろ下手だとすら言える。
 解放軍で指導がうまい者といえばオイフェだ。セリスやデルムッドなど、ティルナノグ育ちの者たちは彼から剣を習ったという。オイフェは相手の水準に合わせ、うまく力を引き出してくれる。ただ、オイフェ自身が忙しいこともあり、アーサーが剣を習ったのは指折り数える程度に過ぎない。セティの指導は、そんなオイフェの指導に通じるものがある。
(あれで俺より二、三ヶ月くらい年下なんだよな。フィーが兄びいきなのも仕方ないのかも)
 それを思うとため息が漏れる。
(しかし、これ、どう考えたらいいんだろう)
 アーサーは腰に吊るした剣に目を留めた。
 練習初日にセティから渡された剣である。
「しばらくの間これをいつも身につけて、剣の重さに慣れてください。ですが実戦では決して使わないでください。これは魔道士向きの剣ではありませんから」
 剣の重さに慣れろ、というのはわかる。だが実戦で使うなとはどういうことなのだろう。
 腰の剣はずしりと重い。騎士の手にあるのがふさわしい、厚い刀身を持つ鋼の剣である。魔道士の腕力では持て余す代物だ。
 しかもかなり使い込まれた品のようである。柄も刀身も手入れは行き届いているが、刃には何度も研ぎ直したあとがあり、細かな傷も少なくはない。柄には剣を象った紋章らしきものが刻印されている。どこかで見た紋章のような気がするが、紋章学や王侯貴族の事情に疎いアーサーには、それが何を意味するものであるかわからなかった。


「おや、先客がいましたか」
 後ろから声をかけられ、アーサーは振り向いた。
「オイフェさん」
「ここに人が来ているとは思わなかったですよ、アーサー」
「さっきまで剣の練習をしてたんですが、終わったのでここで涼んでました」
「そういえば、最近、君とセティが剣の練習をしていると聞きましたが、どうですか、成果のほどは?」
「まだ始めてから間もないので何とも言えないところもあるんですけど、なんかすごいなって思ってます」
「ほう?」
「セティ、俺と同じくらいの年齢でセイジなのに……魔道士とは思えないほど剣がうまくて。
 しかも、単に腕がいいだけじゃなくて、なんか教え方がうまいみたいで、すごく覚えやすいというか。なんでなんでしょうね」
「ふむ……」
「ちょうどオイフェさんに剣を教えてもらったときみたいな感じがするんですよ」
「私が剣を教えたときのような……ああ、そうか」
 オイフェは深く納得したように頷いた。
「彼は父親に似ているんだな。きっと」
「セティのお父上? たしか騎士だったと聞きましたが」
「そう。シアルフィの騎士、ノイッシュ。シグルド様に仕えていた方だ。
 当時、私がシグルド様の軍に同行していたのは知っているね。
 ノイッシュやアレク、アーダンといったシグルド様に従うシアルフィの若い騎士たちは、私にとって師であり、年長の友であったのだよ。
 シグルド様は父親のように、あるいは兄のように私に接してくださったが、一軍の将としてお忙しい日々を送っていらした。そんなシグルド様に代わり、騎士たちが私の遊び相手をつとめたり、さまざまなことを教えてくれたりしていたのだ。
 中でもノイッシュには、勉学や剣技、騎士としての素養を教えてもらった。彼は……ずば抜けて強いわけではなかったが、人に何かを教えるのはとてもうまい人だった。
 たぶん私が若い人々にものを教えるときは、無意識に彼を参考にしているのだろう」
「そうだったんですか」
「うむ、セティは容姿や雰囲気から母親似だと思っていたが、やはりノイッシュの子でもあったのだな。嬉しいことだ」
「父親……ですか」
(俺は自分の父親を知らない……その名前だけしか。
 だが、フィーやセティは自分の父親のことをよく知っている)
 そう思うと、疼くような痛みが、胸の奥に湧き上がる。
 彼らは父母とともに、長くシレジアで暮らしてきた。じかに父を知り、母の愛を享けて育った。そして今、オイフェはセティの中にその父母の姿を見出し、懐かしんでいる。
「うん? アーサー、その剣は……?」
「ああ、これですか?」
「その剣、少し見せてくれないか?」
 オイフェは真剣な表情で、アーサーの腰の剣に視線を注いでいた。
「え、あ、はい」
 アーサーは剣帯から剣をはずし、オイフェに手渡した。
 受け取るオイフェの手は小刻みに震えている。
「これは……」
 オイフェは念入りに柄を眺め、鞘から刀身を引き出し、沈み行く太陽の光にかざした。
「ああ、間違いない……なんと懐かしい……」
 感極まったようにオイフェはつぶやいた。
「なにか、いわくのある剣なんですか?」
「これは、セティか、あるいはフィーのものだね、アーサー」
 オイフェの口調は確信に満ちている。
「セティから預かっているものです。俺が剣の重みに慣れるまで、常に身につけていろと」
「そうか。なるほど。
 これは、かつてセティの父親が使っていた剣だ」
「え……」
「柄に刻まれた剣の紋章、これはシアルフィの紋章だ。そして刀身に刻まれているこの銘だが」
 オイフェは剣を横に構え、刀身の付け根付近に刻みこまれた文字を示した。
 時の重みで薄れかけてはいたが、夕暮れの光の中でもその文字ははっきりと読み取ることができた。

 “信義、真実、忠誠――”

「おのれの座右の銘を剣に刻むのが、当時シアルフィの騎士たちの間で流行っていた。昔、ノイッシュの剣を見たことがあるが、いかにもあの人らしい銘だと思ったものだ」

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written by S.Kirihara
last update: 2014/09/12
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