二次創作小説

父の面影

1.

「アーサー、よくそれで剣を持つ気になれたね」
 フィーがさもお手上げ、というような調子で大きく息をついた。
 マンスター解放と前後して、アーサーはマージナイトへの昇格を果たした。魔道書に加え剣を手にするようになった彼は、訓練所でフィーと剣の稽古をしていたのだが、アーサーの腕前を見るに見かねたフィーは、暴言とも取れる失礼な発言をしてのけたのである。
「これだったらうちのお兄ちゃんのほうがよっぽどうまいなあ」
「いや、いくらなんでもそれはないだろう。セイジのセティさんに剣で負けてるようじゃ、マージナイトの立場がまるでないじゃないか」
「えー、でもお兄ちゃんかなり強いよ?」
 まったく、フィーの兄びいきには困ったものだ、とアーサーは思う。何かにつけて、兄であるセティを持ち上げる。アーサーとしては非常に面白くない。
 この間セリス率いる解放軍に参入したばかりのセティの人柄について、アーサーはまだよく知らない。マンスター解放の立役者であり、勇者と呼ばれているフィーの兄は、引きしまった表情のいかにも真面目そうな人物で、なんとなく近寄りがたい雰囲気の持ち主だと感じていた。
 セティは魔道士の最高峰に立つセイジである。アーサーにとってはそれだけでも何となく引け目を感じてしまう対象なのに、それがよりによってフィーの兄だというのが、これまた実に面白くない。
「そこまで言うなら、セティさんと剣の試合をしてみようか」
「えっ、いいのアーサー? たぶんボロ負けするのに」
 あきれたようにフィーが言う。
「そんなの、やってみなきゃわからないだろう?」
 アーサーだって伊達にマージナイトに昇格したわけではない。魔法に比べれば劣るものの、剣の訓練だってそれなりにこなしてきたのである。
「そうだね。じゃあちょっとお兄ちゃん探してくる」
 フィーは本気のようだ。
「フィー、ここにいたのか」
 なんというタイミングのよさであろう。セティが訓練所に姿を現した。
「あ、お兄ちゃん! ちょうどよかった。今って暇?」
「うん?」
「もし時間あったら、ちょっとアーサーと剣の練習をしてみない?」
「暇と言えば暇だが、なぜアーサー様と私が剣の練習を?」
「アーサーさ、最近マージナイトになったんだけど、もっのすごく剣がへたくそなの。
 でね、これだったらお兄ちゃんのほうがよっぽど……って話をしてたんだけど、アーサーがぜんぜん信じてくれなくて」
「フィー、それはかなり失礼な言い草のような気がするんだが……」
「それにさ、わたし自分が魔道士じゃないから、アーサーにどうアドバイスしていいかわからないの。魔法を使うお兄ちゃんだったら、なにかいいアドバイスができるんじゃないかと思って」
「それは確かに」
「じゃあお願いするね、お兄ちゃん」
 そう言って、フィーは手にしていた訓練用の剣を兄に手渡した。
「剣を持つなんて久しぶりだな……」
 そう言いながら、セティは軽く素振りを始める。
(え、あれ……ちょっと待て)
 セティの素振りを見て、アーサーは内心あせりだした。
(なんでこの人、こんなに本格的なんだよ!)
 セティの剣の構えは、とても板についている。生まれたときから剣を握っていた剣士のような風情さえ漂っているではないか。
「では、はじめましょうか。よろしく、アーサー様」
「よ、よろしく」
 セティは正面に対峙し、正眼の構えをとった。
(うわ、隙がない……)
 黙って構えて立っているだけなのに、それがぴたりと決まっている。魔道士のにわか剣法とはとても思えない。
(ええい、ままよ!)
 半ばやけくそのようにアーサーは打ち込んだ。
 セティはアーサーの打ち込みを軽く受け流し、次の一撃でアーサーの剣を激しく打ち払った。
 勝負はあまりにもあっけなくついた。
「お兄ちゃん、あいかわらずすごい!」
 フィーが嬉しそうに兄に声援を送る。
(こんなの反則だ。セイジなのに剣が使えるなんて!)
「すみません、アーサー様。久しぶりすぎてうまく力の配分ができなかった」
 なぜかセティが謝ってくる。
「いえ、でもセイジなのに剣が使えるなんて……」
「私とフィーは父母どちらも騎士だったので、幼い頃はずっと剣の修行をしていたのです」
「うんうん。そうなの。
 お兄ちゃん、すっごく強いし、いつも真面目にいっぱい修行してたから、小さい頃はわたし一度も勝てなかったんだよね」
「今ではさすがにフィーのほうが強いな。私は剣の修行をしなくなって久しいし」
(子ども時代のこととは言え、フィーより強かったのかよ!)
 それを先に言え! という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
「でもこんなに剣がうまいのに、なぜ魔道士に?」
 それは問いかけというより思わずもれたつぶやきだった。だがセティは真面目な表情で応えた。
「幼い頃、私は父母のような騎士になりたかった。ですが、それはシレジアでは難しいことでした。
 あなたもシレジア育ちならご存知だと思うのですが、通常、男はペガサスの乗り手にはなれません。ペガサスナイトになれるのは女性だけです。
 また、シレジアではあまり馬が育たないので、いわゆるナイトは一般的ではありません。だから、父のようなナイトを目指すのも困難でした。
 加えて、育つにつれて私は人を癒す力を求めるようになりました。敵を打ち払う力ではなく」
「人を癒す力……?」
「ええ、セイジなら癒しの杖を使うことができますから」
「でも、癒すだけならプリーストのほうがいいんじゃないですか?」
「確かに。ですがプリーストは癒し手には違いないものの、本来は聖職者です。
 私には神に仕える気持ちはなかった。プリーストになることは考えませんでした」
「うーん、なるほど」
 それにしても、とアーサーは思う。
「あの、セティさん。
 俺に敬語を使わないでください。年頃も同じくらいだし、なんか困ります」
 セティは生真面目な表情で応える。
「ですが、私やフィーとアーサー様では身分が違います」
「身分?」
「私は騎士階級の生まれ。仕える立場の者です。
 ですが、アーサー様や他の主だった方々は、神族の血を持つ貴き方々。
 アーサー様も、本来ならばフリージかヴェルトマーの公子としてお育ちになられたはずですから」
「たしかにそうだけど……でもなあ。
 俺とかは、なんかもうむちゃくちゃ庶民の、雑草みたいな育ち方してるし。
 それに、セティさんには実績があるじゃないですか。マンスター解放を目指すマギ団のリーダーだったわけだし。
 そういう人に敬語を使われるのってすごく困るんですよね」
「あのね、お兄ちゃん。この軍でそういうの気にしてたらだめだと思う」
 横合いからフィーが口を挟んだ。
「わたしも最初は気にしてたんだけどさ、なんかね、そういう感じだとうまくやっていけないんだよね。
 たとえばパティだけど、あの子、血筋から言えばユングヴィの公女だよね。
 だけどお兄ちゃんに敬語で話しかけられて姫君扱いされたら、今のアーサーなんか比較にならないくらい、ものすごく困っちゃうと思う」
「パティか、たしかにそうだよなあ」
 アーサーが相槌を打つ。
「敬語を使う相手って、セリス様とシャナン様、リーフ王子、あとはオイフェさんとフィンさんくらいでいいんじゃないかな。アレス王子は……ちょっと迷うところだなあ。
 それ以外の人達は、かしこまりすぎた言葉遣いだと、かえってうまくいかなさそう」
「そういうものなのか……気をつけるようにするよ」
「でさ、アーサーの剣の腕前だけど、実際ひどいもんでしょ?」
「フィー、それは……」
 いきなり話題を振られたセティは、困ったような顔で返答を詰まらせた。
「そんなこと言っても仕方ないだろう。努力してないわけじゃないけれど、魔法に比べれば付け焼刃みたいなもんだから。
 お前みたいに小さいころから修行してきたわけでもないし」
「じゃあ、剣なんか使わなければいいじゃない? 魔法だけで十分強いんだし」
「そうは言ってられるか。せっかくマージナイトになれたんだぞ。
 使えるものは使わないとだな」
「魔法だけ……たしかにその手があるな」
 セティのつぶやきは小さかったが、アーサーは聞き逃さなかった。
「セティさんまでそんなことを言う」
「あ、いや、剣が駄目という意味ではないのです。
 ですが、ただ普通の剣を振るうのではなく、もっと有効な方法があるかなと思ったので」
「有効な方法?」
「魔法剣、というものがあるでしょう?」
 ああ、とアーサーは相槌を打つ。
「魔法を使えない者でも剣をかざすことによって魔法の力を手にすることができる、というのが本来の魔法剣のあり方です。ですがこの力も魔法力の高い者が使用したほうがより高い威力を発揮できます。
 高位の魔道書を使いこなせる魔道士が、あえて魔法剣を使う必要はないように思えますが、込められた魔法の種類によっては大変有効な場合もあります。
 たとえば、光魔法ライトニングの力を持つ「光の剣」。アーサー様は、三属性の魔法――特に炎と雷――に関しては長けていらっしゃいますが、光魔法は使わない。ですが、光の剣を持つことによって、ライトニングの魔法を行使できるようになります」
「なるほど!」
「実際、マージファイターやマージナイトといった魔法戦士たちが剣を持つ場合とは、こういった魔法剣を使用するか、魔法防御が高く魔法では有効なダメージを与えることのできない相手に限って剣で戦うこともあるという程度に限られているようです。
 アーサー様の場合は、魔力そのものがとても高い。相手の魔法防御を気にする必要はほとんどないでしょう。ですので、属性を考慮した魔法剣を持つのが最も有効な剣の使い方ではないでしょうか」
「すごいな、さすがセイジだ」
「うーん、さすがお兄ちゃん」
「でも、光の剣ってそう簡単には手に入らないよな」
「いちおうこの軍にも一本だけあるけど……でも、セリス様の持ち物なんだよね、たしか」
「セリス様の武器を俺がもらうわけにはいかないよな……さすがに」
「あ、でも雷の剣でもいいなら。わたしが持ってるの」
「いや、いいよ。フィー。
 雷魔法はトローンが使えるし、第一、それお前の母上の形見なんだろう?」
「……うん」
「振り出しに戻ってしまったな。普通に剣の修行をするか」
「そんなに剣に固執しなくもいいじゃない。生兵法は怪我のもとって言葉もあるし」
「フィー、お前なあ。
 あんまり人のこと馬鹿にするなよ。俺だっていい加減怒るぞ?」
「だって危ないもの。
 剣って魔法みたいには間合いを取れないんだよ?
 アーサー、魔法なら間違いなく強いのに、慣れない剣を使って怪我したらどうするのよ。
 だったら剣を使うことなんてあきらめてくれたほうがいい!」
 そう叫ぶと、フィーは涙の滲んだ目で、アーサーをにらみつけた。
 思いもよらぬフィーの剣幕に、アーサーはたじろいだ。
「落ち着きなさい、フィー」
 セティがフィーの背を軽くたたく。
「お兄ちゃん……?」
「お前の気持ちはわかるけれども、もうちょっと落ち着いて話さないと」
「だって……」
「だって、じゃない。
 お前が何を心配しているかはわかる。だけどもっと言葉を選びなさい」
 そしてアーサーに向き直り、言った。
「すみません。アーサー様。妹が失礼な物言いをして。
 ですがこれは、あなたを心配するからこそ出た言葉。そこはわかってやってください」
「あ、ああ……」
「これは提案なのですが、もしあなたが剣を使うことを望むなら、しばらく私と練習してみませんか?
 たしかに妹のほうが私より優れた腕前を持っています。ですが、この子だと少し感情的になりすぎて、訓練の相手としてはあまり適当ではないように思うのです」
「え、えっと……」
 正直、どう答えたものかアーサーは迷った。
 たしかにセティの言うことはもっともだ。剣の練習相手としては実のところフィーはあまり適当ではない。
(本当は剣の練習にかこつけてフィーと遊ぶのも目的のひとつだったんだけど)
 などと、彼女の兄の前で言う勇気はさすがにない。
(この人から剣を学んだほうが実際的なんだよな……)
「お願いしても、いいですか?」
 フィーと戯れたい気持ちよりも、剣技を身につけたい気持ちのほうが勝った。
「そうですか。それはよかった」
 にっこりとセティが微笑んだ。
「ではさっそく練習をはじめましょうか」

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written by S.Kirihara
last update: 2014/09/12
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