二次創作小説

笑っていようよ

今日の聖戦子世代組み合わせより / ヨハンとパティ / お題:『敵の血』(2015/09/14)


 月光に照らされたエッダ城の中庭で、ひとり星空を見上げる人がいた。
 ヨハンだ。
 声をかけようとして、あたしはふとためらう。
 ついこの間まで、あたしとヨハンは、いわば同盟関係のようなものだった。ヨハンはラクチェを、あたしはシャナン様を狙っていたから。だけど最近、同盟は解散してしまった。あたしたちが敗北する形で。
 近頃のラクチェとシャナン様の様子を見ていると、諦めの悪いあたしたちでも、いいかげん悟らないわけにはいかなかったのだ。もう、割り込む余地はなさそうだって。
 あたしはまあ……実のところ、言うほどショックでもなかったんだ。ほかに気になる人もできていたし。
 そんなわけだから、ヨハンとはちょっとばかり仲がいい。少なくとも、解放軍のメンバーの中では、あたしはヨハンと交流があるほうなんじゃないだろうか。
 ヨハンは面白い人だ。夢見がちなロマンチストのように見えて、恐ろしいくらい現実的なところがある。
 ドズル家の次男として育った彼は、帝国の支配下に置かれた国々の現実をかなり正確に把握している。以前はイザークの統治を任されていたらしいけど、きっとけっこう誠実でまともな統治者だったんじゃないだろうか。そんな気がする。子ども狩りを許さなかったことは、イザーク出身のみんなも証言しているし。
 解放軍に降ったのだって、ラクチェが好きだったからだけじゃないだろう。もちろんそれは大きかっただろうけど、あくまできっかけのひとつだったんだと思う。
 むず痒くなるような詩を詠みたがる趣味も、どこまでが本気で、どこからが冗談なんだか。警戒心を抱かせないためのポーズなんじゃないかな。まあ、あのお寒いセンスは本物みたいだけど。
 深い洞察も鋭い見識も、するっと冗談に包んでしまう。貴公子然として済ましていることだってできるはずなのに、危行子とでも呼びたくなるような振る舞いをやってのける。ヨハンはそんな人だ。
 なのに。
 月光を受けたヨハンは、まるで彫像のように見えた。
 静かだ。静か過ぎて、なんだかあたしは悲しくなった。
 ずっと立ちすくんでいたヨハンがかすかに動いた。ちいさく首を振ると視線を足元に落とし、大きく息をつく。そして顔を上げ、ゆっくりと振り向いて――回廊に立っているあたしに気づいた。
「ああ、パティ」
 ヨハンの顔は、夜闇にまぎれ、はっきりとは見えない。
「夜更かしはよくない。美容の大敵だ。せっかく君は美しく生まれついているというのに」
 いつもと同じように、ヨハンは冗談めかした大仰な言葉を投げかけてくる。
「お弁当の準備をしてたらこんな時間になっちゃった。けど、夜更かしっていうなら、ヨハンだって」
「レスターはなんという幸せ者だろうか。君のようなかわいらしいいとこ……いや、恋人の愛情弁当が食べられるとは」
「そんなんじゃないよっ!」
「いやいや、無理はよくない、パティよ。恥じらう気持ちはわからぬではないが、恋はすばらしいものだ。そうではないか?」
「あんまりからかわないでよ。第一、恋人ってほどの仲じゃないし」
「しかしそれも時間の問題なのではないか。羨ましいことだ」
 ……うん、そうなんだ。
 いつの間にか、レスターとあたしはそんな感じの関係になっていた。
「あたしのことはいいからさ。ヨハンは……」
 言いかけて、思わず言葉を引っ込める。
「うん?」
「……明日のこと、考えてたの?」
 迷った末、でもやっぱりあたしは言葉に出してしまっていた。
「……そうだな」
 明日、あたしたちはドズルに向けて進軍を開始する。
 ヨハンは――お兄さんと戦うことになる。故郷に攻め込むことになる。
「ためらいがないと言えば嘘になる。私は兄を憎んでいるわけではない。だが、これは私が立ち向かわねばならないことだ。ドズルの血を引く者として、一族の過ちを正さなくては」
 ヨハンの声は静かだ。だけど、淡々としているようで、張り詰め、どこかこわばっている。
 いつもにぎやかで、冗談みたいなことばかり言っている人が、こんな声で話すなんて。
「ドズル攻めでは先鋒を申し出るつもりだ」
「え、それって……」
 あたしは思わず息を呑む。
「証明しなければならないからな。敵の血を引く者であっても、私は解放軍の一員。セリス皇子に従い、忠誠を尽くす者であると」
「敵の血……」
 そんな言葉、聞きたくなかった。
「……違うんじゃないかな。敵の血、なんて言葉を持ち出すのは」
「パティ?」
「血筋の事を言い出すと、きっとみんな傷つく。血の繋がっている人たちと敵味方に分かれているのは、ヨハンだけじゃない。あたしだって……」
 あたしも、同じ血を引く者と対決することになるかもしれない。
 ユングヴィのスコピオはユリウス皇子に従っているらしい。会ったこともない人だけど、その人はあたしの――いや、あたしだけじゃない、お兄ちゃんやラナやレスターの、いとこにあたる。このまま解放軍が進軍を続ければ、いずれあたしたちは身内と戦うことになるのだ。
 あたしたちに限ったことじゃない。
 アーサーやティニーも、いつかフリージの人たちと対決するだろう。
 アルテナさんはすんでのところでリーフ王子と戦うところだった。そして実の弟との戦いを回避したら、今度はずっと兄妹だと思っていたアリオーン王子と戦うはめに陥った。
 そもそもセリス様とユリウス皇子からして、同じ母親から生まれた兄と弟なのだ。
 この戦いは、身内同士の骨肉の争いだ。
「だから、敵の血なんて言わないで」
 だって、言葉にしてしまうと、やりきれないから。
 避けがたい現実。直視したくないけれど無視するわけにはいかない、あまりにも苦く、重い真実。
 ヨハンは他の人より大変だと思う。つらいと思う。だって、ヨハンはお兄さんのことをよく知っているはずだ。あたしはいとこのことなんか何も知らない。それでもこんなにごちゃごちゃした気持ちになるというのに。
「いつもみたいに、下手な詩でも吟じてなよ。そのほうがずっといい」
 ヨハンは黙ってあたしを見つめる。
 どれくらいそうしていただろう。小さく息をついて、ヨハンが呟いた。
「下手な詩とは手厳しいな」
「あれ、うまいつもりだったんだ」
 冗談めかして、あたしは応える。
「……敵わないな、パティ、君には」
 応えるヨハンの声は、さっきよりは少し柔らいでいるような気がする。
「えへへ」
 あたしたちは皆、いろいろなものを背負わされている。だけど、だからといって、それに囚われ縛られて、動けなくなるわけにはいかない。
 だから。
「ねね、できるだけ笑っていようよ。どんなときだって、笑いの種はどこかに転がっているはずだから」
 こんなのは欺瞞かもしれない。不謹慎だって言われるかもしれない。
 でも、それでも、あたしは笑うことを忘れたくない。ヨハンにだって、ううん、みんなに笑っていてほしい。
「……そうだな。そのとおりだな」
 ヨハンは深く息を吸い、頷いた。
 相変わらず暗くてヨハンの顔はよく見えない。でも、きっと今の彼は微笑んでいる。微笑んでいてほしい。
「じゃあね、おやすみなさい。いい夢を」
 ヨハンは眠れるような状態じゃないだろう。それは充分わかってる。
 だけどちゃんと眠ってほしい。いい夢を見て、少しでも安らいでほしい。


 願望をこめた言葉を残し、あたしは月影の回廊を後にした。


《fin》

↑INDEX /↑TOP


written by S.Kirihara
last update: 2015/09/19
inserted by FC2 system