二次創作小説

矜持と廉潔

今日の聖戦子世代組み合わせより / ヨハルヴァ VS リーン / お題:『いいのは威勢だけ』(2015/09/09)


「……ちっくしょう」
 また負けてしまった。
「相変わらずだね。ヨハルヴァ」
 ラクチェとの手合わせは何度目になるだろう。解放軍の一員となって以来、折に触れて立会いを行ってきた。だが、未だに勝てたためしがない。
 ラクチェは敏捷で、剣さばきが巧みだ。だが反面、腕力の面ではさほどでもない。腕力に任せた押し合いに持ち込めれば、俺にも勝機があるはずだ。そう思ってはいるのだが。
 実際にはこのザマだ。
 自分の身は自分で守れる。傍に来られてもうっとうしいだけだ。第一、私は自分より弱い男になど興味はない。
 加入後間もない頃にあいつが言い放った言葉は、ひどく俺を打ちのめした。
 容赦ない言葉だ。真実なだけに残酷ですらある。あいつのことなど、さっさと諦めたほうがいいんじゃないか。そう自問自答しなかったわけじゃない。だが、あっさり諦めがつくくらいなら、そもそも俺が今ここにいるはずもない。
 剣に対して斧は不利。それは承知している。
 だが、俺はネールの血族だ。斧を持ち、斧で敵にあたることこそ、俺本来のあり方だ。
 ラクチェの強さは尋常じゃない。それも承知している。剣聖オードの血を引き、流星剣を使いこなす少女は、いわゆる天才、天与の才を持つ選ばれし人間だ。刃を交えれば、嫌でもそのことに気づかされる。
 だが、惚れた女よりも弱いなんて、男としてどうにも情けないじゃないか。
 斧使いとして精進し、いつかラクチェに勝ってみせる。それでこそ、ドズルの名を持つ者としての矜持が保たれるというものだ。
 と、思ってはいるものの、こうも負け続けるのはなんともやりきれない。
「じゃあ、ラクチェ、次、おねがいしてもいいかな?」
 ふと見れば、踊り子のリーンが、練習用の剣を手に、ラクチェにそう問いかけていた。
「うん。じゃあ、とりあえず軽く打ち合ってみようか」
 ラクチェは踊り子に笑顔で答えている。
 おいおい、本気かよ。
 リーンはこの間解放軍に参入した踊り子だ。細っこい体つきで、踊り子という言葉から連想させられるような艶かしさはあまりない。だが、砂漠の街ダーナでは名の知れた存在で、領主ブラムゼルに目をつけられ、囲い者になりかけていたらしい。
 確かにリーンの踊りは見事だと、俺も思う。しなやかで敏捷で、常人が真似できるレベルのものじゃない。きっと基本的な身体能力が高いのだろう。だがそれはあくまで、踊り子としての話だ。
「あんたが剣を持つ? 似合わねえことに手出しするもんじゃない。あんたみたいなのは、後方に控えてたほうがいい」
 深い考えもなくそう言った俺を、リーンは真顔で睨みつけた。
「似合わないかどうかなんて、あなたが口出しすることじゃないと思うんだけど」
「似合わねえよ。そんな細っこい体じゃろくに力が出せるはずもない」
 女の子に刃物を持たせて前線に立たせるなんて、男なら本当は望んじゃいないはずだ。ラクチェみたいに強いなら諦めもつく。だがリーンは違う。柔らかな白い肌にかわいらしい笑顔。いかにも女の子らしいその姿が、傷つく様なんて考えたくもない。第一、こんな娘にまともに武器が扱えるんだろうか。
「力があればいいってもんじゃないでしょ。なんならあたしと手合わせしてみる?」
「本気かよ。俺がラクチェに遅れをとったから舐めてかかっていると、そういうことか?」
 ついむきになって言い返していた。ラクチェに負けた直後で気が立っていたのかもしれない。
「そういうつもりじゃないけれど。舐めているというなら、あなたこそ。勝手に人のことを決め付けないでほしいの。あたしは確かに踊り子よ。でも、戦場に出る以上、あたしにだってそれなりの覚悟はある」
「……はん!」
 どうしてこんなにむきになってしまったのだろう。正直自分でも戸惑っている。だがどうにも引っ込みがつかず、俺は言葉を重ねた。
「ラクチェくらい強ければ、その覚悟とやらも意味がある。だがな、あんたみたいな女の子なら、別の武器を使ったほうがよっぽど有効だ。男はどうしたって女には弱い。だから女ならではの……」
「……ヨハルヴァ」
 今まで黙っていたラクチェが口を開いた。
「それはさすがに聞き捨てならない。そういった方法で助かるくらいなら、死んだほうがましだと思う人間もいる。お前の言葉は、女の尊厳と誇りを踏みにじるものだ」
 ラクチェの声は静かで低い。だが、その目には剣呑な光が宿っている。
 ……まずい。
 本気で怒らせてしまった。
 ティルナノグの近郊で、帝国所属の兵たちが村を襲い、土地の娘に暴虐を働いたことは知っていた。ラクチェもその場にいて、かなり危ない状況に追い込まれたということも。
 とんでもなく愚かな発言だった。一般論のつもりで何気なく口にした言葉は、決して言ってはならないものだったのだ。
「所詮、お前も帝国の男か」
 吐き捨てるようにラクチェが言う。
「リーン、こんな奴にあなたが負けるはずがない。存分に叩きのめしてやれ」
「ラクチェ?」
「先日の手合わせで、あなたの力はだいたいわかっている。大丈夫だ。楽勝とは言えないだろうが、遅れをとることもないはずだ」
「お、おい……」
 冗談だろう。こんな娘に俺が負けるとでも。俺に対するラクチェの評価はそんなに低かったのか。
「馬鹿も休み休み言え。いくらなんでも、そんな」
「そう思うなら、手合わせしてもらえるかな」
 リーンが、こちらもまた剣呑な表情できっぱりと言った。
「そんなことできるか。練習とはいえ、俺は刃を向けるものに容赦などしない。傷をこしらえでもしたら、商売に差し支えることになるぞ」
「ふうん……逃げるつもり?」
「まさか、なんで俺が」
「いいのは威勢だけ? ドズルの若様は、小娘が、いえ、踊り子ごときが怖いとでも」
 ここまで言われて、どうして引き下がれるだろう。
「いいだろう……受けてやる。それで満足か?」
「望むところよ」
 リーンがにこりと笑う。妖艶というよりは無邪気という言葉が似つかわしい、少女じみた表情だ。
「わたしが立会人をつとめよう」
 そうラクチェが告げ、対峙するよう促した。
 さて、どう動くか。
「はっ」
 かすかな掛け声とともに、先にリーンが動いた。
 速い。
 予測はしていた。だが、それを上回る敏捷さで、リーンはいきなり懐に飛び込んできた。
 一撃目はかろうじて交わした。勢い余ってたたらを踏むかと思いきや、リーンは素早く体勢を立て直すと再攻撃に移る。
 その攻撃を受け止め、そのまま力任せに押し返す。力負けすることを瞬時に悟ったのだろう。リーンは剣を引いてすっと後ろに下がった。すかさず俺は追撃に移る。踏み込んで斧を降り抜き、踊り子に迫る。
 だが。
 あたらない。俺の渾身の一撃は空を切った。
 素早い動きで、リーンは俺を翻弄する。
 ラクチェの鋭さとはまた違う。その動き、軽やかにして、しかも華麗。
 風のように。いや、風に遊ぶ胡蝶のように。
 そんな言葉が、ふと思考の片隅をよぎった。
 踊り子はひらりひらりと俺の攻撃を交わす。舞うようなその動きは予測しがたく、補足しきれない。
 とはいえ、彼女の一撃は軽い。正面から打ち合えば、いや、攻撃をあてさえすれば、勝負の天秤は大きく俺に傾くはずだ。
 さすがに疲れたのだろうか。ふと一瞬、踊り子の動きが乱れた。
 ここだ!
 絶好の機会をつかんだ。そう思った俺は、一気に畳み掛ける。
 タンッ!
 踊り子は高く跳躍し、後方に飛びすさる。そしてそのまま、再び舞うように跳ね、空中から剣を振り下ろした。
 受け止めようにも間に合わない。かわすしかない。
 転げるように横あいに逃げ、かろうじて直撃を避ける。が、大きく体勢が崩れた。
 その俺の喉元に、踊り子は剣を突きつけた。
「……参った」
 完敗だった。こうまで追い詰められては、負けを認めざるを得ない。
「あんたを見くびっていたようだ。すまない……俺が悪かった」
 リーンは目を見張り、そして次の瞬間、顔をほころばせた。
「……びっくりした。すごく、潔いんだ」
「そうだな。ヨハルヴァは潔い。それだけは間違いない」
 横合いからラクチェが言い添える。
「あたしなんかに負けたら、八つ当たりするんじゃないかと思ってた。ごめん、こっちもあなたを見くびってたみたい」
「……いや、元はと言えば、俺の側に問題があった。口にすべきでない言葉を吐き、見た目だけであんたを判断した。あげくこの体たらくだ。詫びて当然だろう」
「うん、そういうの嫌いじゃない。あなた……けっこういい男かも」
「あまり褒めるのもどうかな。確かに潔さは折り紙つきだけど、そいつは脳筋で、しかも心の機微に疎い馬鹿野郎だから」
 相変わらずラクチェの俺に対する評価は手厳しい。そして、その評価を俺自身否定できないというのが、何ともかなしいところだ。
「あれ、ラクチェ。もしかして心配?」
 からかうような口調で、リーンがラクチェに笑いかける。
「ば、馬鹿なことを言わないで。わたしが何を心配すると……」
 慌てたようにラクチェが言い募る。その顔が少し赤らんでいるように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「大丈夫よ? あたし、アレス一筋だから……少なくとも、今のところはね」
「だから何のことを言っているのか、わたしには」
「ええー、ごまかさなくてもいいのに」
 気づけば少女たちは俺を放り出し、なにやらにぎやかに談笑を始めていた。



 俺の失言は繕えたのだろうか。少なくとも、廉潔であることは認めてもらえたらしいが。
 彼女らに気づかれないよう、足音を潜め、俺はそっとその場を後にした。


《fin》

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written by S.Kirihara
last update: 2015/09/12
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