二次創作小説

ただそこにいるだけで

今日の聖戦子世代組み合わせより / ファバル→ユリア / お題:『討論』(2015/09/08)


 トラキア攻略を前に、解放軍は日夜討論を繰り返していた。
 軍議は苦手だ。孤児院で育ち、傭兵として生きてきた俺に、政治だの軍略だのがわかるわけがない。なのに解放軍のお歴々は、俺に軍議への参加を求めてくる。
 ようやく訪れた休憩時間、俺はミーズ城のバルコニーに出て、夜風に当たりながら大きく伸びをした。
「お疲れですか?」
 振り返るとユリアがいた。
 不思議な子だ。ひっそりとして物静かで、おのれを主張することがない。なのになぜか無視できない。
「……なんで俺なんかが呼ばれてるんだろうな」
「あなたは……イチイバルの担い手ですから」
 聖弓イチイバル。聖戦士の末裔のみに扱える伝説の武器。
 確かに性能はいい。それに母さんの形見だから、俺にとっては特別な弓だ。だけどそれ以上の価値はない。ずっとそう思っていた。
「俺はただの傭兵だ。聖戦士なんかじゃないのに」
「あなた自身がどのように思おうとも、あなたに力が備わっているのは事実です」
「あんたまでそんなことを言うのか」
 なんとなくむかっ腹が立った。
 聖弓を担い、いずれはユングヴィを負って立つ。それが俺のあるべき姿、生まれついての義務である。ここ数日、軍師レヴィンやオイフェから、耳にタコができるほど言い聞かされてきたことだ。
 確かにこの弓は俺にしか扱えないらしい。だったら俺にはやらねばならないことがある。俺にしかできないことがある。その自覚がないわけじゃない。
 だけど、ついこの間までは、自分自身と妹と、せいぜい孤児院の子供たちのことを考えていればよかった。なのに一国の公子として、いや、神器の担い手として、世界の命運そのものを考える者の一人となれという。
 いきなりそんなに多くを背負わせないで欲しい。それが偽らざる本音だった。
「……羨ましいのです」
 ぽつりとユリアが呟く。
「わたしにもそんな力があれば。セリス様の、いえ、皆のお役に立つことができれば」
 なんでこの子はこんなことを言うのだろう。
「あんたは充分役に立ってるじゃないか」
 ユリアは強い。光の魔道書を使いこなしているし、杖を使って皆を癒すことだってできる。
「でも……」
 自信が持てないのです。わたしはここにいていいと、そう、証明したいのです。わたしはあまりにも不確かだから。
 少女はうつむいたまま、消え入るような声で言う。
 泣いているのか。そう問いかけたくなるほど、ユリアの声はかぼそく、不安そうだ。
 ああ、そうか。
 彼女が過去の記憶を持っていないことを、俺は思い出す。現在にしか裏打ちされないおのれの希薄さを埋めるために、彼女は確かな力を、他者の承認を求めているのだろうか。
「たとえ実感できるほどの力がなくても、あんたは堂々とここにいればいい。ただそこにいるだけで、あんたは絶対皆の力になっている」
 どうしてそんなことを口走ってしまったのだろう。
 ユリアは面を上げ、目を見開いて俺を見つめた。
「大丈夫だ。あんたはそのままでいい。そのままここにいていいんだ」
 本当はセリス皇子あたりが言うべきことだ。俺なんかが言っても、説得力なんてないに違いない。それでも、その言葉はごく自然に口を衝いて出てきた。
「ありがとうございます、ファバル。あなたがそう言ってくださるなら」
 ふっとユリアの目元が緩む。それが彼女の精一杯の笑顔なのだと、なぜか俺はそう思った。


 ……彼女が皇帝アルヴィスの娘であり、光の魔道書ナーガを継ぐ者であることなど、このときの俺には知るすべすらなかった。


《fin》

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written by S.Kirihara
last update: 2015/09/09
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